ひとまず、自身のマインドに「刺さる完成車」を購入し、そして、常日頃からどうも「しっくりこない」部分を探し出しては、飽くなきパーツ交換でカスタマイズに勤しむ自転車好きが一定数存在します。ここでは便宜上、そのような人種を完成車カスタマイザーと呼ぶことにします。
完成車カスタマイザーは、己のカスタマイズの過程を履歴のような形で逐一ブログやSNSに発信し、あれこれ感傷的にその時の作業工程を振り返ったりいたします。時に「備忘録」などと言った体裁の良いタイトルまで付けて・・・。
まあ、そういう自分も間違いなく完成車カスタマイザーな訳ですが。
完成車カスタマイザーが選ぶ「ベース車両」
目安は5〜8万円台のミニベロとクロスバイク
完成車カスタマイザーは、主に5〜8万円台のミニベロやクロスバイクを「ベース車両」として選びます。この価格帯の自転車であれば、大抵は素性の明らかな大手メーカーが製造しており、フレームは「クロモリやアルミ」で造られています。さらにそのフレームには、世に流通するロードバイクや、MTBの規格に則った廉価グレードのパーツやタイヤが多分に採用され、自転車整備士の手できちんとした取り付けと調整が行われて出荷されます。
これを商売上手な自転車店は、カスタマイズの「ベース車両にもおススメ!」などといった口当たりのの良い宣伝文句に置き換え、完成車カスタマイザーの心に火をつけます。そして、あわよくば、販売時に上位グレードのパーツで換装を行い、「当店独自の○○仕様!」を謳い文句により良い取引を目論みます。
ただし、ネットに目をやれば、無限の情報が溢れ返る今のご時世。最初は、純真無垢なお客だったカスタマイザーも、けっして負けてはいません。まずは気に入らない安ペダルやサドルを早々に自分でもぎ取り、Amazonや楽天で見つけた上位グレードのお気に入り品に換装を行います。最初はたったこれだけで、自分もいっぱしのカスタマイザーの入り口に立った気分に浸れます。
安チャリの「ルック車」を選んではダメな理由
対して、ネットやホームセンターで買える2〜3万円台の安チャリ、通称「ルック車」は、得てしてカスタマイズの「ベース車両」にはとことん不向きです。
一見、素人の目を引くキラキラでスポーティなフレームの正体は、ずっしりと重い鉄パイプを溶接でくっつけ、うわべの体裁を塗装で誤魔化した(※)粗雑な骨組みに過ぎません。その重量級フレームにパーツを取り付ける「ダボ穴」や、各種の「パイプ径」も死滅の旧規格だったりして、さらに、その上から寸法もへったくれもない怪しいパーツがてんこ盛りに無理やりネジ止めされます。
※今から10年ほど前、名だたるアウトドア・ギアや、高級外車メーカーのロゴがフレームに誇らしく塗装され、まやかしのブランド力でルック車の販売に拍車をかけた時代がありました。要は大人の事情にまみれたライセンスビジネスですが、3千万の車を売るメーカーの自転車が、3万円で買えるってどういうこと?
そもそも、設計の怪しいフレームに寸法のちぐはぐなパーツを力技で取り付けるため、L字、U字、その他、単なる「金具」としか呼びようのない奇妙なアダプターの類が多用されます。アダプターと言えば聞こえは良いですが、要はメーカーが独自にこしらえた間に合わせの「金属部品(※)」で、一般に交換品の流通もありません。
※例:キャリパーブレーキとフロントフォークの付け根の間にあるカマボコ型の金属スペーサーなど
つまり、この怪しげな「金属部品」がひとつでも損傷すれば(うっかり転かして折れたとか、曲がったとか)、付け焼き刃的に取り付けたパーツがもぎ取れて修理のしようもなく、そのルック車の運命は一瞬で詰むことに。最寄りの自転車店に泣きついたところで、若いアルバイトは困惑し、ベテランの店主は露骨に表情を曇らせます。
ルック車にお金を払うのは、はなから「パーツの互換性とフレームの拡張性」、そして破損箇所を修理できる「メンテナンス性」を捨てるも同然の行為です。また、なんとか寸法の合うまともなパーツを探して取り付けたところで、大したパフォーマンスの向上も見込めず、費用対効果を考えれば、只々虚しさを感じることとなるでしょう。
(なんで自分がこれほどルック車に詳しいかと問われれば、遠い10代の頃になけなしの小遣いで「マウンテンバイク風」のルック車を購入し、大いに泣きを見た経験があるから・・・。)
ミニベロ完成車のカスタマイズあるある
ミニベロロード化
ミニベロのハンドルをドロップ化して、レーシーに寄せるカスタマイズをミニベロロード化と呼びます。おそらく、誰かが言い出した単なる造語だと思います。ベース車両として人気があるのは、定番のブリヂストン クエロ 20F(苦笑)や、一時期のGIOS Mignon、今ならtern SURGEあたりでしょうか?
ミニベロの小ぶりな車体に、ドロハンは頭でっかちというのが自分個人の意見ですが、どうも一定層のロマンを惹きつけて止まないジャンルに見受けられます。フレーム色に合わせたバーテープをコーディネイトしたり、予算と手間ひまを惜しまずシマノのSTIレバーを導入したり。なんなら、ビンディングペダルさえも・・・。
ミニベロをどこまでロードバイク化できるか?これぞまさしく、完成車カスタマイザーの挑戦心を刺激する道楽の極み。きっと妻帯者は、奥さんの顔色を伺うのに必死でしょう。
ところで自分は、ミニベロには、カジュアルなライザー気味のフラットバーが一番好きですが、中にはブルホーン化を行う人もいると付け加えておきましょう。
あ、それから忘れてならいのは、フロントをダブル化するという一大ロマン(※)があります。自分もクエロ 20Fを買った直後に、当時のシマノ2300でこれを行ったので、あまり大声では言えませんが・・・。
※ロマン:時に実用や見てくれを度外視したハイスペック化
関連記事:
レトロランドナー化
そんな言葉があるのか定かではありませんが、去年、クエロ 20Fで近場へデイキャンに出かけた自分が行ったのが、このカスタマイズです。
クエロシリーズのフレームには、もともとキャリアや泥除けを取り付けるダボ穴が豊富にあるため、購入時から付けていた前カゴに加えて、純正のリアキャリアを装着。さらに、タイヤを太いシュワルベのマラソンに履き替え、ツーリング車化を目指しました。この発想が、実にホリゾンタルのクロモリ自転車的・・・。
ただし、完成したのは結局のところ、装備で激重になったミニベロです。幸い、太いタイヤは乗り心地も良く、前カゴとリアキャリアには荷物がそこそこ積めるので、現在は買い物の足として大活躍をしています。
図らずも古き良きツーリング車を目指した結果、そこそこ走るカーゴバイク(今風の言葉で言えば)、もしくは、無駄にスペックの高いママチャリが完成してしまったというオチ・・・。
関連記事:
クロスバイク完成車のカスタマイズあるある
エビホーン・カニホーン化
クロスバイクのハンドルをブルホーンに交換し、先端にフラットバー用の普通のブレーキレバーを取り付けるカスタマイズがこう呼ばれます。自分は実物の車両を目にしたことがありませんが、Giantのクロスバイクがベースになるケースが多いように見受けられます。少なくとも、ネットの画像検索の結果を見る限りにおいては・・・。
ブルホーンバーには、専用のブレーキレバー(※)を取り付けない限りケーブルを内装化できないため、フラットバー用のブレーキレバーから長く伸びたケーブルが、エビの触覚のごとくハンドルの前方へと突き出します。この状態がエビホーン。
※ブルホーンのバーエンドに差し込むエアロブレーキレバー、もしくはステムの両脇に取り付ける補助レバー。補助レバーであれば、ケーブルの内装は不要。
対して、なんとかケーブルをすっきり見せようと、ブレーキレバーを逆さまに取り付けたのがカニホーン。ブルホーンバーの先端で、ブレーキレバーがカニの爪のように前向きに開くからです。
ちなみに自分的には、これはカスタマイズというより、むしろ酔狂な魔改造の類に分類したいジャンル。ママチャリの鬼ハン的な?良く言えば、安易なメーカー主導のトレンドに乗っかるのを嫌悪し、草の根的に発生したユーザー主体のアンチテーゼの一姿か?
ロードバイク化
文字通り、クロスバイクを可能な限りロードバイクに寄せるカスタマイズです。まずは、標準装備のキックスタンド、リアの赤いリフレクター、安物のベルなんかを極力もぎ取り、フラットバーをドロハンに交換します。さらに、もっさりと野暮ったいフロントトリプルのクランクセットをとっ外し、シマノのレーシーなグレード(105以上)に換装します。
後は大体、上に書いたミニベロロードと内容が被るので割愛しますが、なんなら最初からロードバイクを買ったほうが?というツッコミは、野暮というものです。
ハイブリッド化
自分がtern RIPをあれこれ弄って、ブログの記事にしているのがこれです(苦笑)。タイヤやホイールのレーシーな足回りに拘りつつ、ピン付きの幅広フラットペダルや、ハンドルバーバッグなんかのMTB的な要素をちょいちょい追加しています。乗り味の変化と、見た目のアクセント付けを兼ねて。
ライトは自転車用を使ず、タクティカルライトをフロントのクイックリリースにマウントしています。見た目の印象がタフになるし、夜間は普通に強力な懐中電灯としても使えます。
ternはそもそも、異種混合のハイブリッドな自転車の開発を得意とするメーカーなので、自分はRIPの原型をリスペクトしつつ、それでも、いまいち「しっくりこない」ところに時間をかけて手を入れています。
関連記事:
サイメンの飯倉氏が何かの動画で、「自転車は2〜3年の間、あーでもない、こーでもないと弄って、やっと自分だけの一台が完成する」的なことを申しておりましたが、クエロ 20Fとの付き合いがまさにそんな感じでした。
逆に「自分だけの一台が完成」してしまい、もう手を入れるところがなくなってしまうと、完成車カスタマイザーは一抹の寂しさを覚える次第です。
あとがき:市場に残された最後のサンクチュアリ?
エンジンのハイブリッド化、完全なモーター駆動化が進み、さらに内部制御が完全に電子化され、全くのブラックボックスと化してしまった昨今の自動車。そんな成熟したプロダクトに対して、まだまだユーザーがとことん手を入れ、改造やカスタマイズを好きに楽しめるのが自転車です。
単体のフレームを購入し、必要なフォークやパーツを一から揃える「バラ完」においては、その工程の多くがジャンル違いの「自作パソコン」と深くクロスオーバーします。ただし、今やAppleのパソコンに関しては完全にクローズドな仕様となり、ハイエンドモデルを除いて、ユーザーはメモリの増設すら自身では行えません。
ママチャリの市場シェアを電動アシストがガッツリと侵食したのとは異なり、スポーツバイクの分野にいわゆる「E-バイク」がそれほど浸透しないのは、「自転車のブラックボックス化」を警戒するユーザー心理の表れなのか?
いずれにせよ、完成車のカスタマイズは、高度に発展した現代の市場にユーザーの入り込む余地がかろうじて残された、最後のサンクチュアリなのかもしれません。
完